「………っ……」


ぬちぬち、ぐちぐち、ぱきき、めきめき。

自分以外誰もいないはずの自室、そのベッドの上。

聞こえるはずのない奇妙な音が私の鼓膜を震わせている。

私、七神リンは仰向けのまま動かない。いや、動けないのだ。


「っ………ぁっ………!」


歯を食いしばり、瞼は限界まで見開いて涙をボロボロと零し、両手足の指はシーツを必死に震える程に握り締める。

今の私を支配しているのは背筋を伝い、脳にビリビリと伝わり続ける肉悦。

奇妙な音は耳を澄ましていなければ全く聞こえない程小さいにも関わらず、肉悦は他の追随を許さない程に凄まじかった。

故に動けない。動けば更にその肉悦が増幅してしまうから。


「ぃっ………!っ……………!!」


快楽に焼き焦がされ、白く漂白され続ける思考。

これはそう、絶頂だ。自慰の最終到達点である肉悦の最高点。

だが、これは始まりに過ぎない。何せこれから更に強い快楽に晒されるのだから。


「ぃ………ぁ………!………ゅる…………してぇ…………!」


視線を何とか下に向け、その先にあるモノに赦しを通じるハズも無いのに乞い願う。

何故、何故私が、こんな目に。思い返せば、それは二カ月ほど前に遡る───


──────────────────────────


「…これが工事現場から発掘された物、ですか?」


「はい…これ、何でしょうか…?」


連邦生徒会で部下が私の書斎に持ってきた謎の物体。

虚妄のサンクトゥムの攻略戦で壊滅したD.U.の復旧工事中、出土したのだという。

グラウンドのトラックの様な角丸長方形で、両手抱きするとずっしりとした重みを伝えてくるそれ。

表面には連邦生徒会のマークが刻印され、人工物である事は明白だ。

恐らくは中に何かを入れるカプセルだが、開け方は何一つわからなかった。


「私もこの様なものは見た事がありません。文献を漁って出て来なければ、ミレニアムに解析を依頼します。」


「わかりました。」


物を預かり、部下が退室するとため息を一つ吐く。

そして、天井を見遣ってこめかみを抑え、独り言ちた。


「…閲覧権限の関係上仕方ありませんが、まさかこの様な形で仕事がまた増えるなんて…」


やっと作業が落ち着き、今晩は自分のベッドで眠れると思った矢先の事だったのだ。

滅入った気を立て直すには、口に出して少しでも発散する他無かった。

だが───


「…?」


その一瞬が、私の全てを変えてしまった。

プシッ、という空気の抜ける音を聞いて目線を机へと戻す。

何の変哲も無い、ただ一点を除いていつもと同じ景色。

その違いとは机の端へと追いやっていた例のカプセル。

カプセルはなんと、開いていた。


「何故開いて…ッ!?」


開いた口から中を除こうとした矢先に脚に感じたジクン、とした痛み。


「がっ…!あ”…!?」


その激痛は一瞬にして全身へと広がり、麻痺状態となってしまった。

思わず私は机に突っ伏し、メガネが外れて机の上を滑る。


「ひ…!?」


突っ伏した私の視界に映ったのは、小指程の大きさのウジ虫の様な生き物だった。

それはウゾウゾと蠢きながら私の顔へと這い寄ってくる。

だが、その一匹だけではなかった。

激痛の走った脚には既に、十を超える数の蟲が這い上ってきていたのだ。

しかもその形状がそれぞれ全て異なり、別種の様だった。


「ゃぇ…!!」


机の上のそれは顔へと近づくと、唇を這いまわる。

中に入ろうとしているのだろう。

私は身体をまともに動かせないながらも必死に口を噤んでそれに抗う。

だが、それはあまりに虚しい抵抗だった。


「あ”っ…!?」


口は噤むことはできる。だが人体の構造上、閉じれない穴の方が多いのだ。

それらは私の耳や鼻からうぞうぞと私の中に身体を滑り込ませる。

下から這い上がってきたものは女性器、肛門に。

果ては尿道に臍にその身を捩り、穿り、ぐにぐにと潜り込んでくる。


「──────!!!~~~~~!!!!!」


耳や鼻から入った個体はめきめき、ぱきぱきと私の身体を壊しながら脳や脊椎を目指して進む。

下の穴から入った個体もまた、各々が内壁に何かを突き立てたり、体液を注入している。

私は私の体内で蠢くそれらの感覚を、感じ続けるしかなかった。


・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「…失礼します。何かお分かりになったのですか、行政官?」


「はい。例の物ですが…勝手に開いていました。あと、中身は空ですね。」

(え…?なん、で…)


気がつくと、先ほどの部下がいた。

口は…何もしてないのに、勝手に動いていた。


「本当だ…では、これはどうされますか?」


「適当に処分しておいて下さい。」


あれから私は気を失っていて、どうなったのか。

その事を順に思い出していくと、あの気持ちの悪い蟲が身体の内外を這いまわる感覚が蘇ってきた。


(そう、だ…蟲に…蟲が身体に…!伝えて、除去しなくては…!)

(…声が出せない…!?なら、ジェスチャーも…できない…)


意識はハッキリとしている。なのに、身体は全く言う事を聞いてくれない。

目の前に助けを求めねばならないのに、どうすることもできない。


「では業務に戻りますね、行政官。…適度にお休みになってくださいね?」


「ありがとうございます。今あるこの書類が終われば今日は上がる予定です。」


「ふふ、安心しました。復興事業の残務は私達に任せて下さい。それでは失礼します。」


(待って!行かないでください!!この身体に蟲が…!)


心の叫びは虚しく、誰にも伝わることはない。

退室する部下の背中を、私はそのまま見届けてしまった。


「っはぁ…!?か、身体が動く…!この蟲の事を伝え………」

(また、動かない!?)


突如戻った身体の制御。だが、それも束の間でまた動かなくなる。


(まさか…)


「………っ、そういう、事ですか…」


私は思考から蟲の除去の事を排し、壁掛けの時計を無心で見る。

すると、身体は再度動かせるようになっていた。


「どう、すれば………」


私は八方塞がりの状況で、只管に業務をこなす事しかできなかった。


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「ぎ………ひぅ………!!」


あの日からの私の生活は、地獄そのものだった。

蟲を排する行動の一切が取れず、蹂躙される日々。

脳内でギチギチと不快な音で蠢く蟲にはあまり変化が無いが、それ以外が問題だった。

眼下にある大きく変えられてしまった私の身体が、それを物語っていた。


「また…出るっ…!!」


最初に見えたのは柔らかな双丘、つまり乳房だ。

私の乳房はそれなりに形も良く、大きい方だという自負があった。

だが、今はその大きさが更に肥大化し、だらしないと呼べる程になっている。

その乳房の先端、つまり乳首からは直径1cmにもなろうかという線虫の様な蟲が、何匹も飛び出していた。

この二ヶ月で私の身体を住みやすい様に作り変え、繁殖し、すくすくと育った証だった。


「んぎぃっ…ひっ…!!んぎゅうううぅぅぅ…!!!」


シーツから手を離し、大きすぎる乳房を根本から絞り出す。

すると先ほどまで緩慢に流れて出ていた母乳…と呼ぶべきなのか、羊水と呼ぶべきなのかは分からない私の体液が、更に勢いよく吹き出す。

それと同時にその線虫もより勢いを増して中から出てきた。

乳腺の中でとぐろを巻いていた個体も身体を伸ばして出てくるものだから、乳房全体が中からゴリゴリと抉られるのだ。

その肉悦にたまらず、私は絶頂中に鼻血を垂れ流す。

だが、あまり悠長にはしていられない。今出てきた蟲を全て引っ張り出さなければならないから。


「お”、ほお”ぉ…!お”お”お”ぉぉぉぉ……!!!」


両手で蟲を掴んで、方乳ずつ引き抜いていく。

片手だと大体絶頂で手の力が抜け、また中に戻ってしまうからだ。

ずりゅりゅ、ぶじゅ、ぶじゅううぅ、と音を立てながら蟲を引き抜くと、ベッドの脇へと投げ捨てる。


「はぁぁぁ…!はぁぁ…!ん、お”っ…!んはぁぁぁ…!」


両方の乳房から蟲を引き抜いて見えたのは少し萎んだものの中で蟲が蠢く乳房に、ぽっかりと口を開いたまま湯気を立ち昇らせる乳首。

そして、扉の隙間から外へと消えていく蟲達の姿だった。

本来であれば、これ以上犠牲者を増やす事などしたくない。だが、私には何も出来ないのだ。


「う、ふぅぅ…はぁぁ…」


荒い呼吸を落ち着けながら、邪魔な乳房を左右に退ける。

そこに現れたのは丸々とせり出したボテ腹。

当然の様に中では蟲が暴れ、時折その表面が波打っている。

私は乳房同様にそのボテ腹を抱きかかえ、中の蟲をひり出す。


「ぎぃぃぃぃぃ…!!ぎひぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


顔が真っ赤になるほどに、息む。

だが、女性器からぷりゅ、ぶぴゅっ…という小さな音と共に出てきたのは、缶コーヒー程度の大きさの芋虫がほんの数匹。

私はその事を酷く嘆きながらベッドから立ち上がり、風呂場へと向かう。

風呂場に着いた私はガニ股の姿勢で膝に手を突き、あるコツをもって再度息む。

すると───


「んお”ぉ…!」


ぶりゅん、と飛び出したのは蟲ではなかった。

ブラブラと私の股下に揺れるそれは、私の子宮だ。

今、私は所謂子宮脱の状態に、自分からなった。

出てきた子宮に私は両手の人差し指を入れ、その口を広げる。

そして、今度こそと全力で息んだ。


「う、ぎぎ、ぎぃ…!!ぎぃあぁぁぁぁぁ!!!」


途端に濁流となって生まれ落ちてくる蟲、蟲、蟲。

尿道からはまた線虫が、肛門からは太いムカデの様な形状の蟲、女性器からは芋虫がその姿を表す。

ぼりゅん、ぶりゅりゅ、ぼびゅびゅという音と共に風呂場はあっという間に蟲に満たされた。

私の愛液と羊水に塗れた蟲達からは蟲特有の異臭と私の雌特有の臭いが混ざり合い、少し嗅ぐだけで気が遠くなるほどの強烈な臭いが放たれる。

蟲達の中には臍の緒が未だに繋がっている個体もおり、”お前の子だ”と言われている気がした。


「ふぅっ…!んあぁっ…!!」


臍の緒を引き、中から胎盤を引き摺り出して投げ捨てる。

途端にそれらは蟲らに食われ、食べ終わると蟲達は先の線虫同様に扉の隙間や排水口から出ていった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


息も絶え絶えになりながら、私はベッドへと戻る。

再度仰向けに寝ころんだ先に見えた乳房とボテ腹は、その大きさを先ほどまでの三分の一程に縮めていた。


「もう、そろそろ…誰、かが…気づく、はず…」


こうして毎日、自らを侵す大量の蟲を産み落とす日々。

乳房とボテ腹は産む回数を重ねる度に徐々に大きくなっていた。

産む理由は産まなければ死ぬほど辛いから、としか言いようがない。

蟲達は常時媚毒を出し、私の身体はずっと発情状態だ。

その上、日中から夜にかけて成長は加速し、膨れ上がるために苦しさまで乗ってくる。

永遠に続く疼きと苦しみから逃れるためには出産する他無いのだ。

また、蟲がそう仕向けるのもあるが、乳房と腹を小さくして普段通りの七神リンを演じるためでもある。

唯一の救いは出産時に感じるのは痛みでは無く、凄まじい快楽であることだろうか。


「でも…気づいてもらえたところで…」


以前、家に置いていたCTスキャン機能付きドローンで自身を撮影した時、私は深い絶望を覚えた。

苗床にされている乳房、子宮、腸、膀胱にはびっしりと無数の卵が既に産みつけられ、卵巣に至っては明らかに元の形状をしていなかったのだ。

除去という話の段階はとうに過ぎ去り、私は人間の子どもを産む事すら不可能になっていた。

また、脳や脳幹を始めとする内臓にも卵があちこちに点在しており、外科手術をもってしてももう助からないことも明らかだった。


「う…うぅ…!んあっ…!?」


その事を思い出すと涙が出てきたが、それすら蟲によって引っ込まされてしまった。

乳房の中でまた蟲が孵り、動き回った事で感じてしまったのだ。


「助けて、会長…先生ぇ…!」


私の嘆きは、どこにも届かない。


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「おはようございます、リン先輩。その…」


「おはようございます、アユム。…どうしました?」


「最近、リン先輩の…その…お腹が…」


「あぁ、これですか…少し込み入った内密な話になります。」

「会議室で、二人きりで…話をしましょうか?」

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